にいがた 「食と農の明日」26

まちづくり

*にいがた 「食と農の明日」(26)*

<渡辺好明・新潟食料農業大学長に聞く(2)>

<新潟のコメ農業に未来はあるか①>

―「コメの可能性はメチャメチャ大きい」―

―良質米競争には限界、新潟モデルも陳腐化―

前回のブログでは、新潟食料農業大学(NAFU)の渡辺好明学長にNAFU開学から4年目の現状、さらに今後の目指す方向についてお話しを伺った。一方で渡辺学長は元農水次官として日本の農政を厳しい目で見つめてきた。コメについては「価格維持政策」の問題点を早くから指摘してきた論客でもある。ここからはコメづくりに偏ってきた新潟県農業の問題点・課題を指摘いただき、未来への可能性について伺ってみた。2回に分けて掲載する。

写真=新潟食料農業大学の胎内キャンパスがある胎内市の水田

<米作偏重県・新潟の今後は―>

―新潟食料農業大学(NAFU)のことについて、色々とお聞かせいただき、ありがとうございました。次に新潟の「食と農」についてお伺いします。新潟県は全国でも稀有なコメ農業県と思います。「コメ王国」と言えば聞こえは良いが、一方では「米作偏重」「コシヒカリへの過度な依存」が問題になっています。国は農林水産業を「地域をリードする成長産業とすべく、改革を進める」と言っていますが、新潟県民で農林水産業を「成長産業」と思っている方は残念ながら少ないと思います。まず、端的にお伺いします。「新潟のコメ農業」を成長産業にしていく未来はあるのでしょうか?

<結論めいた3点のこと>

渡辺好明学長 私は講演の時、「結論めいた3点を言わしてもらう」と前置きして、話を始めることがあります。まず1点は「値段が下がる商品には未来があり、価格を高く維持しようとする商品には未来がない」ということ。2点目は「需要には、今の需要『ニーズ』と、将来の需要『ウオンツ』がある」こと。3点目は「日本では少子・高齢化だが、世界、とりわけアジア・アフリカ諸国は人口増と経済成長が今後も続く。その世界潮流の中で日本が失ってならないものは『水』と『農地』である」ことです。

―なるほど。1点目は、価格維持政策を続けてきたコメのことを言っておられるようだし、3点目は水と農地の大切さを指摘されている。新潟の水田は、水と農地の両方を持っているのだから極めて重要とも聞こえます。

写真=オハイオ州の大型店のグルテンフリーの棚(渡辺学長の資料から)

<大谷翔平もグルテンフリーに転換>

渡辺 1点目はコメのことだけ言っているわけではないんですが、これは追々と説明することにして、2点目を補足説明します。よく私たちは「ニーズに応えなければ」と言いますが、もっと大事なのは将来の需要である「ウオンツ」です。将来の消費がどうなるか?これは欧米を見るのが早わかりです。資料にある写真は米国の穀倉地帯であるオハイオ州の大型店で、そこにずーっと並んでいる棚は全部グルテンフリーの商品です。テニスのジョコビッチがグルテンフリー愛好者であることはよく知られていますし、いま大活躍の大谷翔平は今年からグルテンフリーに転換し、その関係でオムレツなども食べなくなったそうです。さらに、完全菜食主義の「ビーガン」も増えています。では、ビーガンはどうやって料理の味付けをしていくんでしょう?かつお節は魚だから使えませんが、昆布はOKです。昆布やシイタケの「うまみ」が注目され、「うまみ」は世界共通語になりました。最近、北海道からオーストラリアに昆布の輸出が始まったそうです。もっとも昆布にもヨードの規制があって、一定のレベルにしなければならない。だから、その規制内のレベルの昆布栽培法を勉強しているそうです。

写真=新潟のコメ農業」について語る渡辺好明学長

―そうですか。大谷もグルテンフリーですか。それならコメはグルテンフリーの代表選手格だから、可能性は大きいですか?

<コメは穀物の中の高級財>

渡辺 コメのすごさは、玄米のミネラルまで含めると大変なもの。こういう視点でコメの世界を構築すると、コメは大化けしていくんじゃないでしょうか。そもそもコメは穀物の中では高級財で、世界市場の価格でも常に上位なんです。世界のマーケットで大豆や小麦、トウモロコシよりも価格が安くなったことはない。それだけ栄養に富んだ高級食材なんです。世界の多くの人は「できればコメを食べたい」と思っている。そこに、世界人口とグルテンフリーの伸びが加わっているんですからね。ただ、コメを日本のような形での粒で食べる人は世界では限られています。「粉で食べたい」と言ったり、「煮たり、蒸したりして食べたい」と言っています。日本政府は農林水産物・食品の輸出に力を入れて、2030年には「5兆円達成」の目標を掲げていますが、粒の形のコメの輸出額はそれほど大きくなく125億円の想定です。トップが牛肉で1500億円、2位がホタテ、3位の日本酒が600億円ですから、粒のままでは限界があります。

―新潟は米粉の一大産地でもあります。

渡辺 そう。NAFUがキャンパスを置く胎内市が米粉発祥の地ですからね。コメの可能性は新潟、メチャクチャあると思います。

―でも、新潟の農業者や食の関係者の多くはそう思っていません。国が言うように「成長産業」と見ている人は限られている。

<「価格維持の日本の政策が悪い」>

渡辺 それは「日本政府の政策が悪い」からです。私は随分前から、そう言い続けているんです。ここで冒頭の「結論めいた3点」の1点目に戻りましょう。「高価格が維持される商品には未来がない」との話です。日本の農政はずっと「コメの価格維持」を掲げてきました。「コメは主食なのだから価格が上がろうと下がろうと一定の量は食べる」「だから価格を維持し、生産量を調整することが大事だ」としてきました。しかし、今はコメの替わりの食品が増えてコメの価格状況が消費に大きな影響を与えるようになってきています。

<価格維持が30万トンの過剰を生んだ>

―日本人1人当たりのコメ消費量は、50年間で半分以下に減っています。

渡辺 そうです。農水省は年間のコメ消費量の減少幅を年間8~10万トンと見積もってきました。しかし、昨年の11月ごろ、「来年は56万トンの生産調整が必要だ」と言い出しました。結局、30万トン、まぁ平作なら36万トンなんですが、そのマイナス調整で収めましたね。これは、デフレ・人口減少・高齢化の中で高価格を維持しようとすれば、必ずそうなることなんです。デフレの世の中で、例えば業務用米の値段が上がったら、どうなるか。おにぎり屋はおにぎりを小さくし、寿司屋はシャリを少なくします。コメの値段を維持しようとすればするほど、コメの消費量は少なくなる。自分で自分の首を絞めているんですよ。特に業務用のコメは一層消費量が下がっていく可能性があります。

―なるほど。それでは、「値段が下がる商品には未来がある」という逆の側からも説明してもらえますか。

<経済理論から外れた価格維持政策>

渡辺 経済理論や経営理論の世界では、ある一定の良い品物ができると最初にそれをつくった人に「創業者利得」が行き、後発グループが追い付いてくると価格が下がり、それで一般商品化して普及していきます。普及が一定程度までいくと需要が限界に達してしまう。それを「コモディティー化」(陳腐化)と言います。その一方で新たな商品開発や流通・販売の改善などの工夫が行われます。それを「イノベーション」と呼ぶ。これが交互にきて、世の中が進歩すると捉えれば良いでしょう。

―日本のコメは、その経済理論から外れてきたんですね。海外、特にEUなどでは農産物生産者への国の直接支払いが常識になっています。

渡辺 世界中の農業生産者は直接支払いで収入を得ています。EU農家の所得の8割はEUの農業政策による直接支払いだし、スイスは9割が国からの支払いです。彼らは「自分たちはいいことをやっている」と胸を張って生活しているし、国際マーケットでも勝負していかれる。大学のところで「競争と協調」の話をしましたが、EUの農業政策もそうなんです。競争がなければ進歩がない。そうは言っても食べていけない人が出てはいけない。そこにきちっと手当てをしていくのが協調であり、直接支払いの考え方です。世界のルールがそうなってきているのに、日本は違う道を歩んできてしまった。

<農水次官時代から直接支払い支持>

―日本の農政が世界とは違う道を歩んできた中で、渡辺さんは農水省のキャリア官僚として歩まれてきました。渡辺さんはいつごろから直接支払いを支持してきたのですか。

渡辺 20年ぐらい前からですかね。農水省の不祥事があり、私がピンチヒッターで農水次官になった時のインタビュー記事が残っていますが、その時も「ベースとなる4つの視点」の1つに「国際協定や国際規律との整合性を考えた農政へ」を挙げています。

―そのインタビュー記事では、「国際規律の行く末というのは、だいたい見通せるわけで、価格支持を放棄して直接支払いの世界に移る。農政の流れとしては、生産にリンクしない直接支払い、経営を回していこうという直接支払いが世界的な風潮です」と話されています。先見の明がおありでしたね。今の菅政権で日本の農業政策に変化は出ているのでしょうか。

渡辺 菅政権は施政方針演説で農林水産業について、先ほど「地域をリードする成長産業とすべく改革を進める」との話をされましたが、それは菅政権が施政方針演説で農林水産業について触れた部分ですよね。その改革の中身は3つあって、1つが先ほど触れた輸出拡大。2点目が新潟でも大問題になっている「主食用米から高収益作物への転換」。これは園芸産地化のことですね。そして3つ目がRCEPや日英経済連携協定(EPA)の成果やTPPの議長国であることを踏まえた「(連携協定の)着実な実施と拡大に向けた議論を主導」となっています。

<誰がルールをつくるのか?>

―「議論を主導」ですか?農政に限らず、日本は「ルールをつくる側に回るのが下手」と言われています。「世界のルールづくり」は欧米が主導権を握っていて、日本はいつも不利なルールを飲まされているように見えるのですが…。直接支払いにも完全に乗り遅れましたよね。

渡辺 ウルグアイラウンドの時に、もう少し違う頑張り方をすれば良かったんですがね…。別の言い方をすると、日本の行政官たちが国際会議や国際的な取り決めの時、農業団体のように「●●阻止」という形でやってきたでしょう。そうでなくて、「自分たちでルールをつくっていく」となっていればね。オリンピックで銀メダルを取ったフェンシングの太田選手が「やっぱり、ルールをつくる側に回らないとどうしようもない」と言っていましたが、日本はルールをつくる側になることがずっと下手だったと思います。

―確かに、スポーツの世界でもある種目で日本の選手が強くなると、その種目のルールが変えられたりしていましたね。

渡辺 菅政権が「議論を主導」と表明したことを、私は「日本がルールをつくる側に回る」と言っているのだと理解しています。

<輸出米で頑張る新潟>

―そうですか。今後の成り行きが注目です。改革のほかの2本柱についてはどうでしょう。輸出について、新潟はコメで頑張っていると思うのですが。

渡辺 僕は、いいと思います。新規用途開発米といって国から10アール2万円、そこに新潟県・新潟市が足して、ようやく輸出が伸び出している。本当は「価格は競争で市場に任せ、農家の所得は経営対策で直接支払いをしていく」ことが世界の潮流ですが、国がそこまで踏み切っていないですから。ただ、今後は世界の潮流に乗り遅れないようにしなければなりません。

<園芸産地化は実現するのか?>

―次に新潟の大問題である、「主食用米から高収益作物への転換」です。新潟大学の伊藤忠雄名誉教授が4、5年前、「新潟県はコメに頼り過ぎて園芸産地化が遅れている。だから、米価の下落と共に農業産出額が下がり続けている。園芸産地化を進めた県を見ると農業産出額は上向いており、東北でも青森・山形が改革を進め、現在は新潟と同じ米作偏重県と見られていた秋田も大規模な産地化を進めている」との報告書を出され、大きなインパクトを与えてくれました。新潟は15年から20年遅れですか。

渡辺 まぁ、やっぱり新潟は豊かなんですよね。コシヒカリと土地改良のお陰でね。僕は東京などで話をする時、「幕末の開港5港の函館とか横浜とかは、みんな豊かなんで、もう一つ気概がない」って言うんですが、新潟もそうですよね。新潟の日本酒には期待が掛かっていて輸出ももっと頑張ってほしいんだけど、新潟の酒の販売額って500億円ぐらいでしょ。長野県のキノコと同じくらいなんですよ。こんなに知名度もある伝統産業が長野のキノコと同じということを冷静に見なければいけない。せっかく歴史と地理的特性があるのに、伸ばし切れていませんよね。

<まず、マーケットを知ろう」>

―「新潟の宣伝下手」とか言っています。

渡辺 新潟は枝豆も全国一の作付面積があるのに、市場出荷量になると下から数えた方が早いくらいですよ。せっかく「黒埼茶豆」っておいしいものがあるのに、山形の「だだ茶豆」の方が名が通っている。「ル・レクチエ」を贈っても、「おいしいラフランス、ありがとう」と言われるとかね。まず、「マーケットを知ろう」ってことですよ。そこから、どうしたら良いかを考える。

―私もル・レクチエを贈って、そういう礼状をもらったことがあります。どこから始めましょうか。

渡辺 私がよく言っているのは3つのこと。1つは、農家は生きていかなければならないから、安定収入ですよね。つくったものの3分の1はJAに出荷して、きちっとおカネをいただきましょう、と。2つ目は、自分の商品がどんな評判を取っているのか、3分の1は直売所に出して確認しなさい、と。ただ、新潟はJAさんがやっていないんだけど、長野のJA松本ハイランドでは売れ行きをリアルタイムで見られるようになっています。直売所にカメラがあって、農家はスマホで直売所の様子を自分で確認します。モノがなくなりそうになったら自分で補給するから欠品なんてありません。もう1つは新製品の開発です。それも大勝負なんてやり方じゃなくて、試し売りを繰り返すようなやり方ね。これを習慣にしていく。

<北アルプスでブランド化支援>

―渡辺学長は、大町市や白馬村など北アルプス山麓地域のブランド化を支援されていますね。

渡辺 十何年か、ブランド認定委員会の委員長をやっています。5市町村が対象なんだけど、10年でブランドが100を超えたですよ。信州のイメージだけではダメだけど、地域が連携すれば、地域ブランドができるんです。

―新潟市もフードメッセの一環で数年前から「6次化大賞」を出して、審査を始めたんですけど、最初はなかなか長野や福島にかないませんでした。

<今、新潟は「陳腐化」のプロセスに>

渡辺 10年かけて失ったものを取り戻すには10年掛かるんですよ。そういう意味で、新潟をもう少し長いスパンで捉えると、先人たちはものすごく頑張った。コシヒカリ、土地改良の前からね。例えば江戸時代、新発田藩は移封されてきた時、石高は5万石でした。江戸の後半になると10万石。幕末には実高40万石ですからね。

―新田開発などで頑張りましたからね。

渡辺 そうそう。ただ、それは量の話ですよね。質の方でいうと当時はおいしくなくて、「鳥またぎ米」と言われていた。その後、新潟はコシヒカリをつくって、ここまできたんだけれど、残念ながら新潟が今、コモディティー化のプロセスに入っているでしょう。コシヒカリは素晴らしかったけれど、全国の特A銘柄は今、60銘柄にもなっています。一級品がそれだけあるというのは、ちょっと変ですよね。だから、良質米競争というのは、ちょっと行き詰まりかな。それはコメでいうと兵庫県も同じです。あそこは酒米で名を馳せた山田錦を持っていました。でも今、山田錦はかなり厳しい。そこに「獺祭」なんかが出てきて、杜氏の数を減らして、精米割合をどんどん上げ、レシピ一つで美味しい酒ができちゃうなんて、これは一種のイノベーションですよね。だから、100年、200年続いている企業はみんな、コモディティー化の次にくるイノベーションを考えて、生き残ってきましたよね。

―確かに新潟は、江戸時代から新田開発や特産品開発を自力で進め、昭和20年代以降は土地改良で深田を美田に変えてきました。昭和の最後の時代にもコシヒカリと「端麗辛口」で一世を風靡しましたが、その財産がそろそろ底を尽きかけていますかね。

写真=新潟は低湿地帯を美田に変えたが、水田の汎用化は遅れを取っている(新潟市の資料から)

渡辺 低平地の深田を土地改良で変えていったんですが、耕地整理や水田の大規模化などの土地改良は遅れましたね。

<水田の汎用化率が低い新潟

潟―田中角栄元首相の時代に道路や農地の基盤整備をどんどんやったように思われますが、「田中さんが何でもやってくれたわけじゃない。農地の方は北陸3県の方がずっと進んでいる」と知事だった君健男さんがよく言っていました。

渡辺 大規模化もそうですが、水田の汎用化率が大変に低い。水のコントロールができる田んぼが少ないんです。ということは、「転作がすごくしにくい」ということです。新大の伊藤先生が園芸産地化の重要性を指摘してくれましたが、それを推進するには汎用化率を上げないとね。

―米作偏重できた新潟の大きな課題ですね。

渡辺 だけど、新潟は財産として大変な面積の水田があります。その水田を活かせば、新潟の底力はすごいものがある。ただ、今のまま放っておいてはダメですよ。

 

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